来たれ、友よ!(軍人キリスト者東アジア大会ちかし!)
コルネリオ会会長 今市 宗雄
軍人キリスト者の東アジア大会の開催が、本年9月2
日~4日と間近になって来ました。
世界軍人キリスト者会のリー会長(Lee Pil Sup)の
励まし、また東アジア新会長(Lee Kap Jin)の来日に
よりキリギス・カザフ・ウズベキスタン同胞への招へ
いも具体化し始めている現況です。
役員会も検討を重ね、やっと主の招きに近寄れつつあ
ると感じています。
つきましては、会員の皆様に大会への献金と参加を
是非お願い申しあげる次第です。奥様をはじめ、周囲
の方も御誘い頂ければ幸いです。
正会員の現状は、年に三回発行のニュースレターを
送付している方が約120名ですが、実活動をしてい
るのは役員主体の10名足らずです。この際、恵みの
一端をお返しすると同時に奉仕の庭に世界の友と降り
立ってみませんか。大会のプログラムは、右記の通り
です。
開催会場のマロウドインターナショナルホテル成田
(HomePage: http//www.marroad.jp/)へは、ホテルの
無料シャトルバスが、JR・京成空港第2ビル駅(27番
乗場)又はJR・成田空港駅(16番乗場)とホテル間を
30分間隔で運行しています。(所要約10分)
今回、自衛官及びOBを対象に大会参加申込書をニ
ュースレターに同封させていただきました。4月30
日までに同封のはがきを返送くださいますようお願い
申しあげます。
また、大会参加についてご不明な点やご確認された
い事項がございましたら、E-MAIL(今市宛で
grziosomk@ybb.ne.jp)で確認いただくか、または〒
300-0607 茨城県稲敷市光葉4-134へお問い合わせ下
さい。会員の皆様方が本行事に参加くださるとともに
お祈りに覚え下さいますようにお願い申しあげます。
山上の垂訓と天国の法則
会員 石川 信隆
聖書:マタイ5:3「心の貧しい者は幸いです。天の
御国はその人の者だからです。」
1.はじめに
昨年(2009年)11月イスラエルでの学会の折、ガリ
ラヤ湖の近くにある山上の垂訓教会を訪れました。こ
こは、1938 年フランシスコ修道会によって建てられた
そうで、マタイ 5:3-10 にあるように、8つの祝福を
意味する 8 角形の建物で、真ん中のドームはイエス様
のために迫害されるための 9 番目の祝福「マタイ 5:
11-12」を象徴しているそうです。
その場所に来たとき、ユダヤ人(トビヤという名前)
のガイド兼運転手が英語の聖書を取り出し、私に読ん
で一緒に行った友人に訳すように言われました。
1.Blessed are the poor in spirit, for theirs is
the Kingdom of Heaven.
Blessed are those who mourn, for they shall be
comforted.
Blessed are the meek, for they shall inherit
the earth.
ここで、meek(柔和な者)の意味が分からなくなり、「あ
あ、日本語の山上の垂訓をきちんと暗記しておけばよ
かった」と恥をかいてしまいました。
2.天国の法則
今年1月3日礼拝後、家内と教会の姉妹と3人で雪
の軽井沢での新年聖会(平野耕一先生)に参加してき
ました。今回は、「天国の法則」というテーマで、山上
の垂訓のみ言葉が語られました。
「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のもの
だからです。」
ここで、心の貧しい者とは、「自分が霊的に貧しいこと
を知っている人で、神様に物乞いする人」という意味
だということです。私たちには、プライドがあります。
私もクリスチャンになる前は「いまさら神様に頼らな
くても、自分の力で生きていける」。「神に頼るのは弱
い人、教会に行くのは何か困った人のすることだ。自
分で努力すれば、何とかなる。神など必要ない」と、
そう思っていました。
しかし、イエス様は、「人間の力には限界がある。それ
を認めて、全知全能の神様に頼るのが、心のこじき、
神さまへ物乞いをすることだ。」とおっしゃっています。
すなわち、「我を張って生きることはやめ、素直な心で、
謙虚に、神さまの憐れみや他の人のお世話にすがって
生きること」。
また「自分には罪があり、限界のある存在だと認め
て、悔い改めて、神様の支配の下で生活をする、自分
のプライドを捨てて、神様に一任して生きる」。 そう
いう生き方をする人は、この世にあって既に天の御国
で生きている人であり、幸せな人生を歩む人だ、とい
うのです。そういう人には、「天の御国が侵入してく
る」というのです。最初、この「天の御国が侵入して
くる」という意味がよく分かりませんでしたが、家内
と話し合ううち、天国とこの世との境目のカーソルが
この世(現在)の方へ移動してくる意味だということ
が分かりました。金持ちが天国に入るのが難しく、貧
しいラザロが天国に入ったように、天国の価値観と、
この世の価値観とは逆になっています。すなわち、イ
エス様を信じる心の貧しい人にとって、「神の国はあ
なた方のただ中にある。(ルカ17:21)」というの
です。
3.霊的健康診断
最近、リック・ウオーレンの「Purpose Driven Life(人
2
生を導く5つの目的)」という本を読みました。この本
健康診断をしたいと思っています。
の中に「霊的成長日記をつけるように、また自分自身
の霊的健康診断をするように」と書かれていました。
モーセはイスラエルの霊的旅路を記録したそうで、書
くことによって、神様が自分の人生の中でなさってい
ることが明確になるということで、私もこの霊的日記
と霊的健康診断をはじめたいと思いました。体の健康
診断は、血圧、血液、エコー検査など定期的に医者に
測定してもらっていますが、霊的健康診断も、礼拝、
交わり、成長(弟子訓練)、奉仕、伝道など5つの分野
を定期的にチェックする必要があると思いました。毎
朝家内との日々のみ言葉を用いたデボーション、土曜
日の早天祈祷や信徒学校での学び、月1回コルネリオ
会の例会、テモテ会(韓国軍人との交わり会)、月1回
壮年会での学び、週1回英語の Bible Study など。そ
れに、新年聖会、夏の松原湖聖会などを通して、霊的
4.今年の抱負
今年9月2日-4日には、コルネリオ会主催で、「軍
人クリスチャン東アジア大会」という8年に1度日本
で開催される大きな大会のために、現在今市会長を中
心に準備しており、韓国、台湾、モンゴル、ウズベキ
スタンからも参加が予定されています。私は、観光案
内や VIP の接待役を仰せつかっています。また馬堀聖
書教会では、韓国からきた防衛大留学生によって賛美
が盛り上がり、霊的に成長しています。私も霊的日記
をつけると共に、霊的健康診断を行い、心が貧しいか
どうか、天の御国が私の心に侵入しているかどうかを
診断し、心楽しく神様の目的のために仕えたいと思い
ます。
良い習慣
会員 伊藤 忠臣
-ヒルティ著、草間平作訳 「幸福論」岩波文庫から抜粋-
ものを考える人なら誰でも、自分が修養したり、また
は他人を教育する場合に、遅かれ早かれ、一度はしな
ければならないきわめて重大な経験がある。それは全
ての行為が、否、もう一歩進めて言えば全ての思想が、
それが考え出された時は既に、いわば有形的な印象を
後に残して、次に起こる同じような行為や思想を容易
にし,同じでないものを困難にする、という傾向をも
つことである。
「悪は必ず悪を生む。これこそ悪の呪いである」〔シ
ラー〕〔列王記上21:20、25〕
それと同じように善行に必ず付随する主な報酬は、
善は常に善を生み、こうしてその善行者にいつまでも
続く利益を与えるのである。
一度起こったことはもはや絶対に変更されない〔永
久にそのままである〕ということは実に恐ろしい事で
あって、これがいつも人間生活の悲劇的背景となって
いるのである。だから真実の歴史もまた、常に悲劇的
性格を帯びていて、めでたしめでたしで終わるもので
はないのである。 -われわれはなるほど罪の許しを信じているが、しか
しそれはあの世での勘定のことである-
人生をいったんこのように真面目に考え始めるなら
ば、大切な問題は、単に思想や信仰ではなく、まして
外面的な信仰告白やただ教会に所属しているというよ
うなことではなく、本当に大切なのは、何よりも習慣
の問題である。
教育の目標とするところは,善への性向を持つ人間
を育て上げることである。望ましいのは、いろいろ考
えなくても即座に、善を実行する傾向である。人間生
活の理想は、全ての善は習慣的に自明であり、全ての
悪はその人の本姓に反する為に、殆ど肉体的に不愉快
な印象として感じられる。というような生活である。
このようにならない限りいわゆる徳も信心も、全てま
だ良い意図に留まり、実際には善の道に通じると同じ
ように、悪の道へも通じるのである。
此処で生活上の最も優れた良い習慣とは、どのような
ものか述べる。
(1) 第一の主要な規則:我々は消極的に悪い習慣を
捨てようと努力するよりも、むしろ良い習慣を
養うように心掛けねばならないということで
ある。この場合大切なことは、いつでも行動に
出られる即座の決心である。
マタイ6:33-34
(2) 第二の点は、恐怖心を持たないこと。恐怖の感
情は、人間のあらゆる感情の中で最も不愉快で
あり、だからぜひともこの習性から逃れなけれ
ばならない。 -宗教的な無恐怖は「神は与えるがゆえに与え
たもう」。(神は既に救われた者をみ棄てにな
ることはない) -哲学的根拠に立つ、最も良い恐怖の予防法は、
あらゆる恐怖は同時に又、我々の内部になに
か正しくないものがあるということの証拠だ
と確信することである。それを探し出して取
り除くと良い。たいてい恐怖は消えてなくな
るものである。
(3) 恐怖の動機となるのは通常、人生の財宝の問題
である。だからなるべく早く、年若い頃につま
らぬ物よりも少しでも勝った物を選ぶ習慣、す
なわち相容れない二つのものを同時に求めな
い習慣を養うべきである。「失敗した人生」の
欠点は全て、この二兎を追う寓にある。
(4) 名誉やいわゆる享楽のみを追っていると、人は
結局、第三者に従属する奴隷になってしまう。
だから我々は直ちに愛をもってこれに代えね
ばならない。愛は、それらと違って、何時でも
我々が自由に扱う事の出来るものである。
マタイ12:43-45
我々はどんな代価を払っても、我々の為に習
慣的に、全ての人々を愛するように勤めなけれ
ばならない。人々が愛に値するかどうかは問う
ことなしに。中途半端はだめである。あらゆる
小利口さを捨てた全面的な一大決心が有効で
ある。憎まねばならぬのは何処までも物であっ
て、決して人ではない。又諸君は理屈によって
も経験によっても、何によっても、愛を退けて
はならない。
第Ⅰコリント13章
(5)全ての人に、一様に親切であることは、結局出
来ないことだ。では最初は、常に先ず、この世
の弱者、貧しい人、愚かな人、教養のない人、
子供達(動植物さえも)のことを思って、決し
て反対に、立派な人たちを先に立ててはいけな
い。むしろ彼等への愛を、君自身の愛と同じよ
うに尊重するならば、そのとき君は心に幸福を
感じるだろう。
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よい習慣を実行することについての困難は,自然の
我欲を心から取り除くことである。「善と正とに人を
導き、精神的に健康ならしめる力、正しい生活航路に
ぜひとも必要なことを何処に見出したらよいのか」。 -厳密に言えば、人間の生活において真に大切なもの
は決して理論ではなく、又信仰でも、愛でもない。む
しろ信仰すること、愛することが出来るということで
ある。-
信仰する 第Ⅱコリント10:15(育ち)
ローマ4:20-21(全うされ)
マルコ9:23,16:20(奇跡的な力)
使徒16:31(人を救う)
愛する
第Ⅱコリント13章(愛)
〈お願い事項〉
1 アジア大会の参加申込書のはがきは自衛官及びO
Bの方を対象として同封しています。同封されてい
ない方で、参加をご希望される方は、会長の今市ま
でお問い合わせくださいますようお願いいたします。
2 アジア大会を支援してくださるボランティアの
方々がおられましたら情報提供をよろしくお願いい
たします。
3 6月12日(土)1100~1600に大会会場となるマ
ロウドインターナショナルホテル成田にて2010年
度の総会とアジア大会の打ち合わせを実施いたしま
す。奮ってご参加ください。
献金感謝(2009.12.1-2010.3.31)
いつもコルネリオ会を覚えていただき感謝致します。
今市宗雄、西澤邦輔、江別喜介、伊澤勲、花井米男、
石川信隆、柳澤二郎、武宮啓夫、佐藤征江、飯塚
正実、谷岡博志、玉井佐源太、圓林栄喜・さゆり、
下桑谷玲子、川村功、吉田好里・美枝子、山下和雄、
岡田久忠、井坂玲子、加瀬典文・真弓